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指導教員「ははは!こやつめ!ういやつよのう」

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ここで提案されている方法のミソは、「あなたのことを思いやっている」ということを明確にアピールできているという点です。

コーヒーが 嬉しいのではなく、お菓子がうれしいのではない。学生がかっこよいとか、かわいいとか、綺麗だとかそういうことは全く重要ではありません。指導してもらう ことを当たり前と考えることなく、気遣いをしてくれていることが嬉しいのです。あなたの気遣いをエネルギーとして、あなたの論文を一生懸命指導する。

ちょっとした工夫でモテカワ卒論生を演出!! - 発声練習

取り上げて頂いて,嬉しいです!しかも見透かされてる.

誤解を恐れずにハッキリと述べるならば,学生は指導教員に対して「恩を売る」べきだと思う.多くの教員は忠義を尽くす存在であると思うので,学生から受けた恩は必ず返す.しかも,2倍にも3倍にもして.だからこそ,コーヒーを入れるとか,お菓子を準備するとか,ちょっとしたことで恩を売っておけばいいと思う.それは発声練習さんの述べるところの「気遣い」なのかもしれない.オレは言葉汚く敢えて「恩を売る」と言いたい.本質は「ははは!こやつめ!ういやつよのう」と指導教員に思わせられるかどうか.そうできれば,指導教員も学生も気持ちよく楽しく過ごせると思う.研究室における精神衛生の確保って,ものすごく重要です.病んだら負けです.色んな意味で.

ちなみに,個人的にはお菓子は重要だと真剣に思っています.オレに対して,ヨックモックのシガールあたりを餌付けすると,平常時以上の活躍が約束されていると思って間違いないでしょう.煮詰まっているときって,妙に甘いものが食べたくなりますよね(同意を求む).

<わからない9大理由>
1.読まない …説明書などを読まない。読む気などさらさらない。
2.調べない …過去スレ、ググるなど最低限の内容も自分で調べようとしない。
3.試さない …めんどくさいなどの理由で実行しない。する気もない。
4.覚えない …人から聞いて、楽して得た答えは身に付かないから、すぐに忘れる。
5.説明できない …何に困っているのか、第三者に正確に伝わる文章が書けない。
6.理解力が足りない …理解力以前の問題で理解しようとしない。
7.人を利用することしか頭にない …甘え根性でその場を乗り切ろうとする。
8.感謝しない …教えてもらって当たり前。事がすんだらさようなら。
9.逆切れする …自分の思うようにならないと逆切れする。

わからない9大理由:アルファルファモザイク

関連:
ヘタレ系DのBlog(終了しました): わからない五大理由

指導教員から真っ赤になった論文原稿が帰ってきたとしたら、基本的にあなたは良い先生のもとで学んでいるという証拠。まずは、先生にお礼を言うこと。

真っ赤な論文原稿が指導教員から帰って来たら? - 発声練習

ですよねー.真っ赤になるということは,真っ赤にできるほどに読んでいるからこそだ.それにどれだけの労力と時間を費やすかを学生諸君は考えたことがあるだろうか.書いている本人はたった1編の卒論や修論を書いているに過ぎないが,指導教員はその卒論や修論を学生の数だけ読まなくてはならないのだ.もちろん,これらが時間差で襲ってくるならまだしも,往々にして,〆切直前にまとめて降ってくるのだ.数十ページもある卒論を何編と読まなくてはならない.しかも,真っ赤になるほどに.そして,その結果はどうなるか.

「うげー真っ赤だよ.最初から言っといてくれよ」「こんなんなら先生が書けばいいんじゃね?」「やっと書き終わったのに,うぜー」

ガッカリだよ!赤入れは愛ある指導だよ.どうでもいいと思っているなら,校閲もしないし,添削もしない.なんで分かってもらえないのだろうか.

前回の話を繰り返すことになるが,書式の統一は論文執筆にかける意気込みを感じるパラメータになる.そのため,1回目の校閲では主に書式や体裁の指摘に終始することが多い.もちろん,内容的に大幅に直す必要性があるものは早めに指摘するが,あーでもないこーでもないと全部を全部,真っ赤にしてやればいいというものでもなく,「気付かせる」誘導が必要だと思う.で.そうやって来たつもり.徐々に赤が減っていくと嬉しいだろうに.といいつつも,2回目でも1回目と同じくらいに真っ赤になることもあるわけですが.

ちなみに,1度指摘した箇所を「どうせ気が付かないだろ」的な考えで直さなかったとしても,残念なことに,気が付かないなんてことはないです.だって,真っ赤にするほど精読をするのだから,見逃すなんて有り得ないよ.そういう無駄な狡賢さ(賢くないけど)は指導教員との健全な関係をぶち壊すだけで,なんらメリット(学生諸君は修正工数が減るというメリットだと認識しているかも知れないが)が存在しませんので,やめてください.

論文の原稿は必ずバージョン管理すること(手動か自動かを別として)。いつの段階の原稿を指導教員に見せたのかを後から確認できるようにしておくべき。

真っ赤な論文原稿が指導教員から帰って来たら? - 発声練習

バージョン管理は重要です.個人的にはSubversionなTortoiseSVNをオススメします.手動でもいいとは思いますが,ツールを使った方が,確実で簡単だと思います.苦労するのは初期設定の1回だけにしたいですね.それからgmail等でpdfをボスに送ると送信済に添付ファイルも保存されるので,簡易バージョン管理には使えると思います.勘違いしないように言っておくと,ディジタルデータで提出するのは,保存を考える上で必要なだけで,赤入れを目的としている時は必ず印刷したものもつけること!これ絶対!校閲してもらう立場なのに,「お前が刷れ」と言わんばかりにディジタルデータだけを送ってくるとか,マジ失礼だから.

あと、12月~2月にかけての卒論・修論を指導している先生には優しくしてあげてほしい。非常にいっぱいいっぱいなので。

真っ赤な論文原稿が指導教員から帰って来たら? - 発声練習

見て聞いて学んだボス操縦術を駆使する時だ.ボスのタイプによると思うが,おやつを準備してのコーヒーブレイクミーティングは効果的だと思うぜ.コーヒーブレイクミーティングは効果的だぜ?重要だと思うから2回言ってみた.

まとめ:
真っ赤な論文原稿は指導教員の愛.指摘されたところはちゃんと直す.納得いかないところは無視しないで,相談する.

最後に忘れないで欲しいことを書いておく.論文は書き終わったら完成じゃない.書き終わって初めて評価可能となるので,そこから校閲・添削が始まるのだ.だから,〆切はそういう目算で設定されているのです.「まだ大丈夫」っていう感覚は,100%間違ってます.

関連:
WindowsでSubversionを使う:TortoiseSVNでバージョン管理 - SourceForge.JP Magazine
書式は遵守し,統一しよう - 4403 is written
ヘタレ系DのBlog(終了しました): 卒研抄録の校閲をした
ヘタレ系DのBlog(終了しました): 卒論第1版を校閲して

フォーマットに関するミスほど指導教員をがっかりさせるものはない。フォーマットは注意力と努力の問題で、才能は全く関係ない。どれくらいまじめに取り組んでいるかのパラメーターとみなされることもあるので、せめてフォーマットくらいはちゃんとしておいて欲しい。

卒論・修論執筆前に読もう - 発声練習

本当に書式に無頓着な人達って,どうなっているんだろうと思う.それまで明朝体だったのに,途中からゴシック体になっていたりとか,明らかにフォントサイズがおかしいとか,句読点が不統一とか.何で,無頓着でいられるのかが分からない.自分のアウトプットのクオリティを上げたいとは思わないのだろうか.綺麗に統一された書式で書かれた文書とデタラメな書式で書かれた文書では,読みやすさが全く違うし,一目した時点での印象も全く違うと思うのだが・・・.

あ.そうか,自分では読まないんだもんね.卒論なんて誰も読まないと思っているから,あの程度のアウトプットに成り下がってしまうんだね.そうだよね.でも,少なくとも指導教員は読むわけで,それは失礼だと感じないのだろうか・・・.

そんな皆様が書式に拘って,綺麗なタイプセットをしたいと思ったら,TeXですよ.TeX.ワードなんていう不思議ツールを使うと,綺麗な書式テンプレートを作ったつもりでも,改行をしたりコピペすることで,オレ用語で言うところの「書式が遷る」という状態が発生して,イライラするわけです.ワードでも綺麗な論文を書くことは可能だと思いますが,書式に注意を払う努力は,TeXを勉強する努力に回した方が有益だと思う.

この前,実家に帰った際に朝日新聞で見かけて,取り上げようと思っていたのだが,全然asahi.comに出てこないので,真面目に探してみた.asahi.comからは見つけられなかったが,他所で見つかったので取り上げる.

国際的な高等教育情報機関である英・Quacquarelli Symonds(QS)はこのほど、2008年版「世界大学ランキング」を発表した。1位は前年に引き続き米ハーバード大学。米イェール大学は、前年2位 に並んでいた英ケンブリッジ大学、英オックスフォード大学をそれぞれ3位、4位に従え、単独2位に立った。

(中略)

一方、日本の大学では東京大学が前年17位から19位にランクダウン。京都大学は前年と同じ25位に入り、大阪大学が46位から44位に順位を上げた。また、東京工業大学が前年90位から61位に大きくランクアップした。

英QS、2008年版「世界大学ランキング」を発表 - 東大は19位にランクダウン | ライフ | マイコミジャーナル

全ランキングはここで見れる.東大・京大・阪大は順当だと思われる.東工大の躍進も納得できる.この辺は全く異議無し.海外の大学はよく分からないのだが,このランキングに名を連ねている日本の大学は順当に感じる.前回紹介した本当に強い大学ランキングよりも,こっちの方が実際にあっていると思う.まぁ,見ている指標が違うから,比べても意味がないけど.

ちなみに,出身校・現所属校の双方共に,Top500にランクインしている.嬉しいことだ.特に,出身校は本当に強い大学ランキングではTop100に入っていないにも関わらず,世界大学ランキングではTop500に入っている.これがどういう意味を持つのかということについては述べない.指標の違いとしかいえない.日本人が日本の大学をランキングするときに,実態にそぐわない強力なバイアスがかかっていると思う.大学のランクは入試偏差値では決まらないということですね.大学のランクを判断するべきは,入口ではなく,出口でしょう.

関連:
本当に強い大学ランキング~2008年度版 - 4403 is written

明らかに乗り遅れてますが,一応書いておこうかと思っていたので,書いておきます.大した内容ではない.

神奈川県平塚市の県立神田高校(生徒数347人)が入学試験で選考基準になっていない茶髪や眉そりなどをチェックし、該当する受験生を不合格にしていたこ とが28日、わかった。県教育委員会の発表によると、本来の基準では合格圏内にいながら不合格にされた生徒は、過去3回の入試で計22人にのぼるという。

県教委によると、この不正なチェックは05、06、08年度入試で校長の指示により行われた。対象項目は、髪の色やピアス跡、つめの長さ、眉そりやスカートの長さなど。こうした「裏基準」に基づき、教員が願書受付日や受験日に受験生をチェックした。

県教委が公表している県立高の選考基準では、調査書と面接、学力検査を点数化し、合算した上位から合格を決めることになっており、身なりや態度は基準に含まれていない。

asahi.com(朝日新聞社):高校入試、茶髪・眉そりチェックし不合格 神奈川の県立 - 社会

これは県立の話で,私立の話を持ち出すのはアンフェアと思われるが,それでも持ち出す.以下は私立鵠沼高校(神奈川県)の例だ.

応募資格
○平成21年3月卒業見込みの者で、品行方正で学習意欲があり、入学後本校の校則を守れる者
○心身ともに健康で日常の学業に支障のない者。
○原則として欠席日数が多い場合は不可。

鵠沼高校 募集要項

重要だと思う部分を強調した.今回の件は「品行方正であり」という一文を付け加えておけば,全く問題がない事象だったと思われる.そして,「入学後」について述べている点は重要だと思う.受験時にはやんわりと規制を緩くしておき,入学したら学則で縛るというのはやや納得がいかない.校則ありきであるなら,校則に従えない者は受験も入学もして下さるなというスタンスが正しいように思える.往々にして,多くの校則には「品行方正」という言葉または類似する言葉が書かれているはずである.学生の本分であるのだから.だとするならば,正規の手続きを踏んでいないだけであって,今回の件は至極真っ当なことであるように思える.

もう1つはっきりと言いたいのは,調査書の意味の無さだ.良いことしか書かないのは許容するとして,誇張するとか,ましてや虚偽を書くとか,調査書の意味を成していないと言える.そんな信用できない調査書は合否基準になるのに,正に目の前にいる実物の挙動を合否基準にするなという方が不自然に思える.まぁ,実際問題,合否基準外だったのが問題なわけだ.だから,取り糺されるべきは合否基準の甘さと調査書の無意味さだと思う.

まとめ:
受験資格に「品行方正であること」という一文を入れることが大流行することを期待して止まない.見た目でしか個性を表現できない上に,個性=見た目だと考えている勘違いを粛正するべきときではないか.

関連:
公立高校入試の多分語られない内情

これから就職活動をする方は必見.完全におかしいと思う.

スラッシュドット・ジャパン | 大学院修士課程1年次からの就職活動は「青田買い」?

初っぱなから素晴らしい正論を飛ばしている方がいて,議論白熱.

卒業が決まって(大卒・院卒と言う能力証明書をもらって)から
就職と言うのが本来の順番でしょ?

(中略)

就職活動で忙しいから、って言って
半年以上研究室に現れず
就職決まったら、遊び回っている学生は、
なめているとしか思えないし
こんな奴でも、院卒を名乗れるってのはなぁ、、、、、

大学院修士課程1年次からの就職活動は「青田買い」?

全くその通りだと思います.何故,卒業見込みすらも出ない時期(つまりはB4またはM2以前)に就職活動を始められるのかが,不思議でならない.学生が卒業できると高をくくっている証拠であり,大学は舐められているぞ.卒研や修論を落とすなんて,有り得ないって思われているぞ.他の授業科目と同じ単なる必修科目(卒業要件に含む)なんだから,英語や電磁気を落とすかのように,平然と落としてしまえばいいのに.って思いませんか.

バカを卒業させないと、研究室や学部という極めて微視的な単位で
非常にデメリットがあるのです

1. バカに居残られても邪魔、下手すりゃ周りに悪影響を与える
2. 卒業させなきゃ、アカハラだと騒ぎ始める
3. しまいにゃ、親まで出てきて騒ぎ出す
などなど、、、、、

大学院修士課程1年次からの就職活動は「青田買い」?

これまた真理.留年率が上がると,研究室の人数が増えたり,在学数が増えたり,文科省からなにやら文書が届いたり,面倒なことが起きるのです.で.最もやっかいな類が親.親は面倒くさい.特に私立においては.そもそも論理的におかしいのは,全く卒研もやらずに,学校にも来ないのに,「就職先が決まっているんだから,卒業できないと困る」っていう主張.卒業できないのだから,就職できないのは当然であって,就職するから卒業するのではないだろうに.就職先が決まってるのはおめでとうございますですが,卒業するための努力を何もせずに,何を言っているんだという感じです.卒研は卒業のためにあるわけではなく,立派な卒業要件に含まれた単位科目です.1回も授業に来なかったのに「単位が出ないのはおかしい」って言ってるのと同じだと,クールに理解して頂きたいです.「卒論を出せばいいんだ」ってのは「テストは欄を埋めれば間違っててもいい」と同じことだと,賢明なみなさまなら理解して頂けるでしょう.

んでまぁ,どこが悪いかって,明らかに就職活動を早期化させている企業でしょう.特に,理工系が1番被害を被ってると思うのです.そして,国立大の工学部がついにキレたらしい.

東京大、京都大など有力大学の工学部長らでつくる「8大学工学部長会議」が22日、日本経済団体連合会に、修士課程の大学院生の採用活動を2年次の4月以 降に始めることなどを求める声明を手渡した。活動の早期化・長期化などが「教育研究を大きく妨げている」として、それらを是正するよう要望している。

(中略)

京大の大嶌幸一郎・工学部長は「今のままでは学生にも企業にも大学にもマイナス。就職活動の開始を遅くして期間も短縮してほしい」と訴える。

asahi.com(朝日新聞社):院生「青田買い」研究に妨げ 有力大工学部長が是正訴え - 社会

確か経団連への申し入れは以前にも行っていたと思うのだが・・・.手渡したとかじゃなくて,デモとか,もっと過激に訴えたらいいのに.「このままでは大学のブランドを保つことができない!優秀な学生を社会に送り出す使命を全うできない!今年は卒業生ゼロです!」ぐらいの主張が欲しいところです.そして,それができないのが今の大学という最高学府の弱みです.社会の言いなりです.ゆとり教育のしわ寄せの件も含めて.企業様は偉いのです.「最近の新卒は全くなってなくて,使い物にならないから,研修を長期にかけてやらねばならんのだ!」っていうけどさ,それって,就活が早期化・長期化しているから,大学が教育機関としての責務を果たせなくなっているからだということをクールに気がつけ!

ところで,だからといって,「就活は4月以降からしか認めません」なんて学生には言えない.だって,今の社会がそうなっちゃってるんだもん.流れに乗らなかったら,不利益を被るのは学生だ.それは教員として推奨できない.学生の夢を助けるのが大学教員の仕事であろう.そうだ.ランディ・パウシュ先生もそういってた

でも,忘れてはならない.本当に大事な時期はどこだろうか.早期化する就職活動.入社約1年前の4月に,就職先が決定することも多々あるだろう.就職活動の重圧から解放され,平々凡々としていれば卒業は間違いない.その1年間.その1年間をどのように過ごすかが1番大事なのではないだろうか.腑抜けた1年間を送るのか,目標に向けての努力を続けるのか,最後の学生生活を楽しむのか,研究に没頭するのか.どう過ごすのかは自分次第だが,この1年の差は,きっと大きい.取り返しがつかない大きさだと思う.大学教員はそれをしっかりと教えなくてはいけないのだと思う.

っていう話を12月1日にid:kakku22がしてくれるそうです.期待しましょう.

関連:
日本の大学生の就職活動 - 4403 is written
学生の研究活動に異常あり! - 4403 is written
早期化する就職活動について私見 - 4403 is written

少子化による学生数の減少や、補助金削減といった逆境下の中でも生き残る大学を探し出すため、各種データや指標を用いて大学の本当の力を測る。それが、この「本当に強い大学ランキング」だ。

本当に強い大学ランキング/東大が3年連続首位、豊田工大、武蔵野大が躍進――財務・教育・就職の総合力で大学を評価(1) | 産業・業界 | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン

笑えないし,あまり述べられない.なるほどねって言葉で全てを表せそうな気がする.

オープンアクセスは今後も学会、研究者、図書館等、学術情報流通に携わる人々にとっては大きな課題となることは確かなことでしょう。(中略)オープンアクセスそのものの意味も、それを語る人の立場によって異なることも指摘されています。また、我々は、日本におけるオープンアクセスとは何か?をそろそろ検討すべき時期でもあるように考えます。

SPARC Japanでは初のOpen Access Dayである10月14日に、セミナーを開催し、多くの方々とオープンアクセスに関する検討を行いたいと思います。

国際学術情報流通基盤整備事業 │ イベント情報 │ SPARC Japanセミナー【Open Access Day特別セミナー】「日本における最適なオ-プンアクセスとは何か?」

ぎゃー!サンじゃないSPARCがNIIで面白そうなことをやっていた件.参加費無料だし,近いんだから,ちょっと時間を作れば行けましたよ.いや,やってること自体を知らなかったから,どれだけ暇だったとしても行けなかったけど.

一応,GoogleカレンダーのIT勉強会は見てるんだけど,情報量が多すぎるから,普段は非表示にしてるんだよねぇ・・・.しかも,このイベントもしっかり載ってたし.情報の海から本当に必要な情報を見つけ出すって,やっぱり難しい!こういう時はプッシュサービスが嬉しいよなぁ・・・.プッシュされすぎるとうざいけど.難しい!

関連:
SPARC Japan セミナー2008 「日本における最適なオープンアクセスとは何か?」参加記 - 発声練習
情報系学会の研究会はもはや勉強会に負けている可能性が高い - jj1bdx: life beyond Japan
情報系学会の研究会で「情報系学会の研究会が危ない」理由を話してきた - jj1bdx: life beyond Japan
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情報系学会の研究会で「情報系学会の研究会が危ない」理由を聞いてきた - 4403 is written

そういう問題よりも、今の大人たちが理系に対して持っている偏見の方が、子供たちに与える影響は大きいだろう。算数や理科ができたって社会では役に立たな い。そんな小難しいことを考えてどうするのだ? 政治家も社長も、偉い人はみんな文系じゃないか。社会を支配しているのは文系の人間なのだ。理系はみんなオタクで、わけのわからない人間ばかりだ。理系は人間味がない。理系は人情がわからない。そういった目で見ているから、それが子供に伝わる。

MORI LOG ACADEMY: 理科離れについて

親は子の鑑.親が子に与える影響というのは大きい.親が理系を軽視するから,子供も軽視する.

持論の繰返しになるが,理系離れは理系の力不足にあると思う.理系は理系の素晴らしさを余すところなく須く世に知らしめなくてはならないと思う.政治家っていう文系の偉い人達が日本の行く末を良くも悪くも示すように,研究者っていう理系の偉いっぽそうな人達は理系の使命を果たさなくてはならない.

「理系は縁の下の力持ちです」

なんて控えめなことを言ってる時代は終わらなくてはならない.その縁の下でどのような活躍をしているかを今の若者もみんなみんな知らずにいるから,これだけ理系が軽視されているのだろう.理系がいなくなった世界を創造させてしまえばいいのに.電気もなければ,水道もない.パソコンもテレビもラジオも車もなくなる.世界を動かしているのは文系なのかもしれないが,文系だけでは世界は回らないのだ.同じように,理系だって,理系だけではダメで,文系が必要なんだ.バランス感覚はとても重要だと思う.今はそのバランスが大きく崩れている.どうにかしなくては.

ちょっと話は変わるが,小中学生は本当に理科が嫌いなのだろうか.算数・数学はよく分からないが,少なくとも実験をしている小中学生は楽しそうにやっていた印象がある.実験って楽しいよね?楽しくないのかな?ペットボトルと水と空気入れでロケットが作れたり,コーラにメントスを入れてみたり,スチールウールを燃やしたり,マグネシウムに火を付けたり,味噌汁で電池を作ったり,ソーラーカーを走らせたり.理系離れを食い止めるには,まずは実験ではないだろうか.というか,むしろ,座学を辞めちゃってもいいんじゃないだろうか.小中学校は実験を主体に,座学をミックスという感じで如何だろうか.イノベーションは楽しさから.

関連:
研究者はもっとオープンになるべきではないか - 4403 is written

200810152240追記:
ちょっと書き忘れ.1つの策としては,メディアを利用する手がある.バラエティが「理系カッコイイ!」とか,アンアンとかジュノンあたりで「これからは理系がナウい」とか,女性セブンあたりが「独占取材!理系の最前線~時代はここまでやってきた」みたいな記事を打ちまくればいいと思う.良くも悪くも,メディアの影響って大きいと思うのですよ.理系離れを防止するムーブメントが起こせるのならば,それが例え扇動だとしても.

タイトル通りなのだが,「情報系学会の研究会が危ない」理由を聞いてきた.実はワタクシもCSS×2.0で喋らせて頂く予定だったのですが,当日午後に実行委員の方から「ネタがかぶってるかもしれないよ」と報せて頂いて,内容の概略を聞いたところ,ちょっとハッとしましたが,そちらは真面目な内容で,こっちはそこをトリガにしたネタ発表だったので,安心安心.でも,まさかそんな発表があるなんて・・・.偶然も偶然で,世界は狭いものだと再認識しました.

とりあえずできることとして

  • 研究会の感想や意見はブログに書く
  • 研究会参加者はいろいろな勉強会に乗り込んで行って話をしてくる(他流試合が大事)
  • 研究会ならではの面白さを他の人たちにも伝える
  • 発表した研究成果は公開しよう

という,まあ至極当たり前のことを,言ってきた.

情報系学会の研究会で「情報系学会の研究会が危ない」理由を話してきた - jj1bdx: life beyond Japan

意見を述べるのは難しいかもしれないけど,感想は書かれたい.楽しかったとか,面白かったとか,あの発表は興味深いとか,インジェクション!インジェクション!とか,警備員さんが大活躍だったとか,料理長ありがとうとか,海が綺麗だったとか,スコールがひどすぎとか,4403のネタは振り方が悪いとか.参加者は参加していない人に学会の出来事や内容を伝える役目をして欲しい.それは人気アーティストのライブに参加できなかったファンが,参加者のライブレポートを食い入るように見ることと同じだと思う.違うだろか?いや,違わない(反語).

オレも他流試合というか,異分野に突入することは大切だと思っていて,異分野コラボレーションだ!と書いたのはそういう意味もあるのだ.異なる分野の知識を得ることで,脳みそがグリングリン回り始めるかもしれないし,自分が本当にやりたいものが見つかるかもしれないし,ものすごい有名人と知り合える機会になるかもしれない.それは全部,可能性の問題ではあるのだが,可能性は常に開く方向でお願いします.オレもIS研究会GN研究会FI研究会SWO研究会を聴講しに行くし,全国大会FITのような総合大会にも足繁く通う.自分の可能性は常に開いておく方向で.DICOMOも参加してみたいなぁ・・・.

追記: 「他流試合ではなく交流が大事なのでは」というコメントがあった.基本的に私は技術的な発表と質疑応答というのは,すべてディベートであり,勝負だと思っている.その意味で,他流試合,というのは,相手の流儀であえて戦うことであり,交流ができるのは一戦交えた後だろうと思う.

情報系学会の研究会で「情報系学会の研究会が危ない」理由を話してきた - jj1bdx: life beyond Japan

オレも大事なのは交流だとは思うが,確かに一戦交えることがありきだと思う.一戦交えない交流はただの親睦であって,遊びに来ているのではないのだから,戦ってから死ねばいいのに.昨日の敵は今日の友.おかげさまで,最終日は閉会後から27時までどっぷりと交流ができました.こういう時間は何事にも変えがたい.

関連:
情報系学会の研究会はもはや勉強会に負けている可能性が高い - jj1bdx: life beyond Japan
研究者はもっとオープンになるべきではないか - 4403 is written

学生を指導していても感じますが、書くというスキルは書くという作業を繰り返すことで確実に伸びます。自分はものを書くのが苦手と思っている若い人は、たとえば毎日400字のブログを書き続けるというようなことで、自分を鍛えてみてはどうでしょう。たまに、2000字書くより、毎日400字を1週間続ける方が、「書く」ということに対する抵抗はなくなると思います。

5号館のつぶやき : 原稿締切(毎日、書き続けること)

大学院時代はブログを3つやっていて,そのうちの1つは日記形式で,その日の出来事や思ったことなどを何でもかんでも毎日書いていた.ものを書くというのは,それだけですごいエネルギーを必要とする行為で,毎日継続し続ける力はバイタリティだと思っている.少しずつでも毎日書き続けるという努力をすることは,必ず力に結びつくだろう.これは何も文章力に限った話ではなく,多くのことは練習を繰り返すことによって,それなりに上手くなるものです.プレゼンや報告書や論文もそうだ.きっと,英語もそうなんだろう.英語が苦手なオレは努力が足りないのだろう.

非ブロガの人によく聞かれることだが「何でブログなんて書いてるんですか?」ってのがある.辞めるのに理由はあるが,始めるのに特別な理由は無かろうに.なんとなく流行りそうだったから,やり始めたに過ぎない.そんなモチベーションだって良いじゃない.むしろ逆に,「何でブログを書かないんですか?」と聞いてみたい.敢えて聞かないけど.どうせ「面倒くさい」とか「日記を他人に読まれたくない」とか「書くことがない」とか言うんだと思います.別にそれはそれで良いと思います.それが理由なんですから.

でもですね.書き続けることで得られる文章力は,恐らく,非公開の日記と公開されるブログでは違うと思うんです.それは何かと言えば,他人の目を意識するかどうか.「こんなことを書いても平気か」,「この意味は伝わるか」,「こう書いたら面白いか」,「みんなに読んで貰えるだろうか」.そういう意識が無く,ただ単に日々の出来事を書き連ねても,文章力を向上させようという意識がない以上,大した効果は得られないと思う.だから,ブログですよ.不特定多数の人の目に触れる,世界中に開かれたウェブにおけるブログですよ.mixiなんてクローズドな日記はマイミクさん程度しか目にする機会がないので,ダメです.世界に開きましょう.何も,日記を世界に公開して下さいなんて言いません.ブログを書いて,日記も書いたらいいじゃないですか.

そうやって,日記とは違うブログを書き始めると,ブログを書くためのネタを探し始める.新しい視点を獲得し,問題意識というものが芽生えてくる.それ,なんて昔のオレ.ブログに書くことがない1日なんていうのは,無駄に過ごした1日だったと悔いた方がいいかもしれないくらいです.

前々から思っていたことが,色々なところで独立に書かれ始めているので,勢いで書いてみる.

情報公開に積極的でないこと

これも残念ながら事実だろう.各研究者が熱心でないこともあるのかもしれない.

私は自分の研究報告は,学会の著作権規程に反しない限り,少なくとも自分のWebページでは出している.最近はGoogle Scholarのような検索サイトもあるし,学会に参加していなくても論文は読めるようになってきた.USENIXのように,査読つき論文でも全部会員資格なしで読めるように公開するようにしたところもある.

各研究会の感想については,Webでもそれなりに感想は出ているように思う.ただ,参加者の多くに,情報を共有する習慣がないのと,研究会で研究報告を出したらそれ以上の議論が出てこないという,現実的な問題はある.

情報系学会の研究会はもはや勉強会に負けている可能性が高い - jj1bdx: life beyond Japan

確かに,学会というのは閉鎖的なのかも知れない.修士の頃は,研究会なんて仲間内の集会のような雰囲気すら感じた.そんなところに初めて行こうものなら,オレテラ空気になってしまう.でも,その中に入れた時は,とても楽しい.だから,もっと学会は開かれていたらいいと思う.

研究報告をしたら,それで終わり的な感覚も多少感じる.オレはどちらかと言えば,研究ができないおちこぼれ君なので,研究報告をするというよりも,こんなことやってるんですけど皆さんと議論したいですって感じ.でも,そういう場って,呑み会くらいしかないんです.だから,懇親会に参加するし,雑談するする.研究会って,本当にすごい人達から,駆け出しの修士まで,色んな人がいるわけで,いわゆるIT系勉強会のような勉強会があってもいいんじゃないのかなとは思う.その場が,ブログだっていいんじゃないのかなと思う.

最近の論文を学術雑誌や学術会議に投稿している職業研究者の多くは、自分のWebページを持っている。昔は当然ながら自分のWebページなどは持っていない。最近でも、昔ながらの研究者の方々は案外Webページを持っていないと思われる。なにせ、2006年にこれからホームページをつくる研究者のために―ウェブから学術情報を発信する実践ガイド (ACADEMIC RESOURCE GUIDE) という本がでているくらいなので(この本の悪口を言っているわけではなく、この本を出版しなければならないという動機が生じる現状から)。

研究者データベースと公募データベース - 発声練習

この話も共感できる.研究者の使命として,研究成果で社会に貢献することが挙げられるとするならば,研究者はもっとオープンになるべきではないか.研究成果を特許や論文という形にすることはとても重要なことだと思うが,駆け出しの研究者や,そもそもその分野の研究者ではないが興味を持っている一般の人に,広く自分の研究成果を公開してもいいのではないだろうか.情報を積極的に発信することで,今では多くの人がその情報に触れることができ,もしかすると,その刺激によって,脳味噌がグルグル回り始めて,次世代の尖端研究者が生まれるかもしれない.それは可能性の問題.可能性は開く方向で.

メタボはさておき、実は自分が何を知っていて、何を知らなかったのかというのは、その「知」に触れてみないとわからないのではないか。

ここに書いてあることは、あなたがもう百万回も目にしたことかもしれない。他でもっとわかりやすく洗練された形で紹介されていることかも知れない。いや、多分そうだろう。

しかし、私は知らなかった。知らなかったことさえ知らなかった。

そしてそれを知ることで、私の中の何かが変わった。

そういうことを、書いていけばいい。

404 Blog Not Found:それを知らなかったことは知ってはじめて知る

全く以て,人間原理.

宇宙があるべき姿をしているのは,人間が観測することによって初めてそうであることを知ったからだ.

涼宮ハルヒの憂鬱 p.230

ある情報がそこにあることを知ることによって,ある情報が存在することを初めて知るのである.だって,ムペンバ効果が出てこなかったら,雪氷学会を知るよしもなかったわけだし.研究者は多くの人々に対して,先端研究に触れられる機会を準備するべきではないのだろうか.オープンに議論するべきではないのだろうか.研究会に参加する様な常連研究者には当たり前の知識であっても,駆け出し研究者や興味を持っている非研究者は知らないかもしれない.それを「勉強不足」で片付けることは簡単だが,そうやって閾値を挙げて,門戸を閉めてはいないだろうか.メタ研究というか,メタ学習というか,そういった類のものはどんどん開かれたらいい.

理系離れが嘆かれる昨今.理系研究者が理系の素晴らしさをどんどんオープンにしていったらいいと思う.学習の高速道路を準備したらいいと思うし,そうなればいいと思う.残念なことに,オレはダメな研究者の代表格なので,先端を紹介するなんてことはできないのだが,入口部分の門戸を開くことはできるかなと思っている.1人1人ができることをやればいいと思う.みんながベストを尽くす世界って,テラ桃源郷.

200809302014追記:
CEATECに行っていたので,確認できていないが,初ホッテントリしたっぽい.アクセス数がすごいことになってるw.

とっくに書いたと思っていたら,非公開になっていた.しかも書いてなかった.ちょうど良く,今日は休日だし,引用したい記事を見つけたので,書いてみる.

 小学生のときから、理科の授業では実験がつきものである。こういった経験を積んで大学生になった学生たちに対して実験の授業をすると、次の2点において、彼らが誤解していることに気づく。

 まず、測定が終了したときに、彼らは「終わった」と思うようだ。これは間違いである。測定が終わっただけ。データが採取されただけである。実験とは、そのデータを考察する行為まで含まれている。したがって、そのあとの作業(たとえばレポート作成)の方がむしろ実験の本質である。

 もう1点は、やはり測定が終わったときに、彼らが口にする「先生、これで成功ですか?」という質問である。これは、彼らがイメージしている実験が、「こうなるべき答があるものを実際に自分でやってみること」だからだ。

MORI LOG ACADEMY: 実験に関する2つの誤解

書きたかったことがそのまま書かれているようだ.オレが特に書きたかったのは,2点目の話で,学生らは実験が必ず成功すると思っていることについてだ.オレの担当実験は,普通の見込で動いている限り,失敗する類のものではないのだが,前期中も何人か実験失敗したものがいた.厳密にいえば,実験失敗ではなく,実験未了である.通常3時間程度でできる実験を5.5時間以上かけてもできないというのはどうかと思うわけで,時間内に規定の処理を完成させることも大事なスキルの1つだと思っているので,なるべく時間延長はしないように心がけている.

そういう状況で実験終了の旨を伝えると,決まってこう返ってくる.「実験終わらなかったんですけど,単位大丈夫ですか?」と.オレが思うには,十分に試行錯誤を繰り返し,様々なデータを取っているので,成功はしなかっただけで,実験が終わっていないとは思えない.実験は必ず成功するものではなく,失敗という結果も有り得る.そして,その時に大事なのが,レポートである.森さんの言う1点目である.

実のところ,実験が成功したか失敗したかというのは成績評価の観点からはどうでも良くて,実験成功による達成感や実体験を与えたいというのが実験における教育的配慮の側面である.実際,実験に成功したか失敗したかという評価項目を少なくともオレは持っていないし,そんな評価は意味がないと思っている.本当に重要なのは,実験によって得られたデータをどのように集計し,まとめて,分析し,評価するのか.そちらに興味があるし,そこで成績評価をする.だから,実験が失敗だって全く構わないわけで,何故失敗したのか?原因は何か?何が良くなかったか?理論上はどうなるべきだったか?そのためにはどうしなくてはならなかったか?どうすれば成功することができたか?などを論理的に分析し,述べてくれれば,それは十分に高評価なレポートとなるだろう.

教育として行われる実験における成功や失敗というのは,成績には全く影響しなくて,学生に経験を与えられるか否か程度の差しかない.程度の差と書いたけど,その体験の差は実験の種類によってはかなり大きいかも知れない.オレの担当実験ではそれ程ではないと思う.達成感は得られると思うが.

実験は失敗してもいいんだよ.失敗したのなら,失敗した理由をしっかりと考察すればよい.失敗から学ぶことの方が多いはず.

コンピュータウィルスのおはなし.よくある勘違いというか迷信というか,「ネットに繋がないからウィルス対策はしなくても大丈夫」というものがある.今日はそれをこの弱小ブログを通じて,正したいと思う.

ネットワークに接続しないスタンドアロンな使い方のPCも多くあると思う.だがしかし,そのスタンドアロン型PCであっても,アンチウィルスソフトは入れておくべきだし,定期的に定義ファイルを更新しておくべきだ.ウィルスはネットワークからのみ来るわけではない.外部からの侵入経路さえあればよいわけであって,それがネットワークなのか,USBメモリなのか,CDROMなのかは全く問題ではない.ネットワークに繋がなければ安心という迷信は,今すぐに忘れさられるべきである.

なんでこんな話を持ち出したかというと,学科の実験用PCの大半がウィルスに浸食されていたらしい事実を確認したからだ.確かに,学生とのやりとりで「学校のPCはウィルスに感染しまくりなんですよ」という話を聞いたことはある.本当なのかどうかを試すべく,一部のPCに対して,ClamWin Portableを利用して確認してみた.もちろん,そのPCにはマカフィが入っていたのだが,ネットに接続できる環境ではないので,当然ながら役立たずだろうと最初から決め込んでいた.運が悪いことに,私がチェックしたPCは感染していなかったようだ.そこで追求を怠ってしまった.

そんな夏休みの間に,メンテナンスを実施した(恐らく相当前から計画はあった模様)らしく,大半のPCがウィルスに浸食されている事実が露呈した.感染経路は間違いなくUSBメモリ.実験用PCはネットワークに接続されてはいないが,実験データを持ち帰る必要があるので,USBメモリでデータを取り出すことになっている.そのUSBメモリからウィルスが侵入したことは明らかであろう.

推定される状況は以下のような感じだろうか.アンチウィルスソフトとしてマカフィが導入されているが,ネットに接続されていないため,定義ファイルが更新されず,事実上,役立たずのお飾り状態であった.そこに,ウィルス持ちのUSBメモリが差し込まれ,オートランでウィルスが実行され,複製感染したものと推測される.この際,マカフィは定義ファイルが古すぎて,何の役にも立たなかったことが容易に想像される.以降,そのウィルス持ちのUSBメモリは他の実験PCに差し込まれ,感染を広げると共に,感染したPCに差し込まれたUSBメモリはさらなる媒介役として活躍を果たしたものであると思われる.その結果,実験PCの大半がウィルスに浸食されてしまった.

私がウィルス駆除を担当したのではないので,細かい状況はよくわからないが,アンチウィルスソフトの動作を阻害する機能を持っているらしく,新しい定義ファイルを入れられなかったそうだ.そのため,駆除不能により,再インストールが行われたらしい(未了).恐ろしや・・・.

今回の出来事から得られる教訓は以下の通りだろうか.

  • スタンドアロンだからウィルス対策をしなくて良いは迷信
  • アンチウィルスソフトを導入するだけでは不十分で,定期的に定義ファイルの更新が必要
  • USBメモリ等のオートランは危険

アンチウィルスソフトはあなたのためだけに導入するものではなく,世界中の全ての人に迷惑をかけないようにするためにも導入するべきものです.アンチウィルスソフトはほとんどにおいて活躍しないとは思いますが,万が一に備えて導入しておいてください.フリーソフトでも色々とありますから.是非.

9月20日(土)に国内某所で第2回セマンティックWebとセキュリティ(SWS)研究会を開催してきた.時代は境界領域研究だ!グローバルな橋渡しだ!異分野コラボレーションだ!

今回は前回の4名から大幅増の10名も参加者が!開催告知を出さなかったのに,この参加者数はすごい!どこで噂を聞きつけたのやら.

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今回の主題は「諦めない修士修了」でした.医療VRだとか,人工筋肉だとか,P2Pだとか,渦輪だとか,直交基底だとか,学際的な議論ができたと思います.1番重要だった反省点としては「グラフはExcel様のなすがままにいいかげんに作る」に尽きると思います.それから,自分の研究の強みは明確に分かりやすく.中身がよくわからなくても,何に使えるとか,どうすごいかっていう部分を伝えることが重要かと.

例えば右図で日文は啓林の2倍あるのに中心角は啓林のほうが大きく,面積比でもほぼ互角に見える。情報リテラシーではっきり「3D円グラフは使うな」と教えてほしい。

3D円グラフを使うのはやめよう | Okumura's Blog

全くその通りで,3D円グラフを論文に用いるなんて,それだけで質を疑える.何故に傾ける必要があったのかと,小一時間以上問い詰めたい.3D円グラフの問題はテレ朝でもあったわけで,何かしら事実と異なる方向に誘導したい場合や事実とは異なることをでっち上げたいときに使われているような気がする.オレにとって,3D円グラフはネガティブな印象しかない.まぁ,3Dに限らず,普通の円グラフでも信用なら無い場合があるんですけどね.そんな話をし始めると,グラフ全部が最早信用できないわけですが.

似た問題で,棒グラフの問題もあったわけだが,3Dの威力は絶大で,データをねじ曲げて見てしまえる.研究や論文において,正しく情報を伝えようと思ったら,正しいグラフを選んで,正しく見せなくてはならない.そういう努力を怠っている時点で,その情報は既に怪しいと思うべきだと思う.

重要なのは見た目の格好良さや綺麗さじゃない.どれだけ正しく確実に情報を伝えられるかだ.

関連:
@nifty:デイリーポータルZ:円グラフで表そう

第73回(2008年8月31日放送)のシンボルず地獄教育をやっていた.リンク先はバックナンバーが置かれるであろうURLで9月8日以降になると見えると思います.

みうらさん曰く、昔は「地獄」について色々教育されてたけど最近はされてないから悲惨な事件が起きているのでは。そこで今回は現世にもある色々な「地獄」を紹介してみんなが犯罪に走らないように教育することに。

シンボルず/バックナンバー: テレビ東京

熱い!熱いよ!それは熱いよ!確かに,地獄教育らしきことはされてきた記憶がある.善人は天国に,悪人は地獄に.悪いことをすると地獄に堕ちて閻魔様に下を抜かれるだとか,針の山を登らされるとか,うんこ風呂に入らされるとか・・・.恐ろしいです.だから悪いことをしない.こういうのを恐怖による支配と呼ぶんですよね.キラの世界ですね.わかります.

でも,それは地獄に堕ちたくないから悪いことをしないという思考であって,天国に行きたいから良いことをするという思考ではない.それが地獄教育の限界.地獄教育によって畏怖の念を抱かせておいて,続け様に天国教育をすることによって,国民は善人へと進み歩むのではないだろうか.なんたるプロパガンダ.

何かを仕向けたり,そうさせようと思った時,恐怖で従わせることは教育的な側面から正しくないのだろうか.論理的に説明されても分からないような年齢に,「悪いこと」を直感的に認識させるのに,地獄教育は一定の効果を発揮すると思うのだが・・・.

その昔に言えば,夏休みの終盤というのは当然のように宿題がほとんどそのまま残っているわけで,宿題の解決を強制されるわけです.もっと分かりやすく言えば,「算数の宿題が終わるまで,おやつ抜きだからね!」ということだ.これは恐怖による支配ではないのだろうか.そうだ.オレは恐怖に支配されて育ったんだ.それが今はどうだ.自主性を尊重とか,ゆとり教育とか,夏休みは休むためにあるとか,終わらない量の宿題を出す方が悪いとか,全く以て狂ってる.親は教育の義務があるのだから,恐怖で支配してでも宿題を完結させる義務があるはずだ.

程度は違えど,世の中は恐怖が支配している.大学生は単位を盾に勉強を強要される.卒研生は卒業単位を牛耳られている.就活においては遅刻は致命的である.社会人は仕事に失敗したらクビか減給だ.

地獄教育はそれだけではダメで,その対となる天国教育が必要なんじゃないかと思う.言うなれば,飴と鞭.でも,地獄教育が先行するのだから,やはり鞭と飴か.

さらば工学部のインタビューシリーズも第10回が最終回だったようです.完結したようなので,第8回から第10回までをまとめて.

第8回は都心私立理工系の雄である東京理科大学.

 国は私学を含めた底辺部分をきちんと手当てしてほしい。「イノベーション、イノベーション」と言います。確かにシーズを出すことは大切でしょう。しかし、イノベーションを形にしていくには、技術者全体のレベルが高まらないと実現はできない。

 今の国の科学技術政策は、エリート大学だけが視野に入っていることに不満があります。科学技術の平均的なレベルを上げようという意識がない。

「東京にあっても私学は厳しく、危機感は強い」 ~さらば工学部(8):NBonline(日経ビジネス オンライン)

IS105でも同じような議論がありました.「何故教育に億が必要なのか」とか「ほとんどが飛行機代だ」とか「元々できるところでやってるんだから,できて当たり前」とか,なんとかかんとか.本当にお金が必要なところにお金が落ちない仕組みになっているのは何故なんでしょう.重点配分も良いでしょうけど,日本全体における理系離れを食い止めるのに,何故重点配分なんでしょう.基礎的に全体を底上げというか充実させなくてはならないのに.

 根本的には理科離れを食い止めることが大切です。結局、高校の教育に問題がありそうです。物理も化学も全然実験をしないと言います。ペーパーテストだけやるようなことになっている。何とかしないといけません。

「東京にあっても私学は厳しく、危機感は強い」 ~さらば工学部(8):NBonline(日経ビジネス オンライン)

何とかしないといけません.高校はよくわかりませんが,小中学校には市教委からの委託を受けて,オレが週2日ほど実験をしに行っていたので,大丈夫ですね!オレが初代だったけど,今年も募集があったみたいだから,脈々と続いているみたい.でも,これは市政であって,国政でもなんでもない.ただ単に,厚木市が頑張っているだけで,他の市町村がどうなっているのかはわからない.どう考えても,理工系は実験が必要だと思う.理論の座学ももちろん必要だけど,手を動かして実際に体験することの重要性を再認識されたい.ゆとり教育が目指したところは,そこだったんじゃなかったのか.

第9回は高知工大.

 公立ではありませんから、県の予算や計画に縛られません。スローガンに「日本にない大学」を掲げました。1年を4期に分けて短期集中で学ぶクオーター制を採用し、全科目を選択制としました。1クラスが10人程度の専門的な少人数セミナー、企業の第一線技術者から直接指導を受けられる実学的な授業など、新しい取り組みを推し進めたのです。

「経済状態の厳しい地方にこそ公立大学は馴染む」~さらば工学部(9):NBonline(日経ビジネス オンライン)

クオーター制ってのは,NAISTの情報系も取り入れているはず.通期やセメスター制から見ると,わずか1/4年で完結するっていうのは,あまりにも短期間過ぎて無茶苦茶に見えるけど,全ての授業が短期集中講座だと思えば,なんてことはない.教員の負担が重そうだけど,学生から見れば,短期間で単位を獲得できるわけだから,効率が良いと思う.必要な知識をギュッと固めて,半分から4分の1の時間で取得できるのだから,良いことずくめに思える.

 社会に出れば、様々な分野の専門家と渡り合わなければなりませんから、それを踏まえて教育も変えていかねばならない。従来は、細分化、深化しすぎていました。私の専門の材料工学で言えば、ある人は鉄のことしか知らない。またある人はアルミのことしか知らない。一方で、製造については分からない。そういうやたら狭い専門分野だけに秀でている人材は好ましくはありません。

 先生の方も変わらなければなりません。専門を持つ先生方には負担になります。でも、私は基礎から勉強し直してくれと言っています。初めて学んだ時の新鮮な気持ちで学生に教えてほしいとお願いしている。

「経済状態の厳しい地方にこそ公立大学は馴染む」~さらば工学部(9):NBonline(日経ビジネス オンライン)

やっぱり重要なのは教育.研究ばっかりして,細く尖ってしまっては大学教育の現場では活躍しづらいし,改組や配置換えがあったときに,適応しづらくなってしまう.最先端の研究は大学にとって大事であるが,教育も求められる.大学って難しい.

最終回の第10回は松下電工.

 心配でない面からお話ししましょう。

 第1は、まだまだ日本において本来の意味で産官学のシナジー効果を発揮しようとする取り組みがなされていないことがあります。それくらい日本には余裕があると見ているのです。

 もう1つ、心配でない面は、日本が世界でも有数の男女同等レベルの教育水準を維持している国であるにもかかわらず、世界でもまれに見るほど、女性が教育を生かした専門の職業に就いていないということです。やはり、ここにも余裕があるんです。

「『日本は智力繁栄しかない』の意味を噛み締めよ」~さらば工学部(10):NBonline(日経ビジネス オンライン)

それが「余裕」なのかどうかはわかりません.「余裕」なのではなく,活躍する場が与えられていないと見るべきではないでしょうか.産学官連携というものをやったことがないのでわかりませんが,2カ年なら2カ年の計画で動いて,そこで成果を出して,はい終わり.という感じのように見えてならない.そういう意味では,本当のシナジー効果は発揮されていないことには同意です.でも,それが「余裕」とは思えず,単なる「危機感の欠如」といった感じではないでしょうか.危機感を持てば,ちゃんと機能するのじゃないでしょうか.

男女同等の教育水準が維持されているとしても,それを活用する場がないのではないでしょうか.それはそれこそ産業界が女性を積極的に採用せず,積極的に活躍する場に配置せず,積極的に評価しないからではないのだろうか.男女平等とは言っていても,決して平等には見えない.これを「余裕」というのならば,その「余裕」を生み出しているのは産業界ではないか.「余裕」とか言っていないで,何とかしてくださいよ.

 日本の世界での活躍は、徹底的な知力の向上を図ってこそ実現できる。工学だけではなく、政治経済でも、世界でトップレベルの人材を輩出する必要があります。

 日本というブランドが保たれているうちに、厳しく教育しなければいけません。今、教育を厳しくしておかないと、取り返しのつかないことになります。

(中略)

 もっと国の予算を含めて、教育に力を入れること。詰め込み教育の復活と言われてもいい。団塊世代は嫌いがちですが、やはり必要でしょう。

「『日本は智力繁栄しかない』の意味を噛み締めよ」~さらば工学部(10):NBonline(日経ビジネス オンライン)

やっぱり詰め込み教育なのかなぁ・・・.確かに,詰め込み教育は悪いとは思わないが.ただ,詰め込み教育で危機感は与えられるのだろうか.競争心は身につくのだろうか.ゆとり教育が失敗したから,詰め込み教育に転換すれば良いという話でもないと思うのだが・・・.今,本当にするべき教育って,なんなんだろう.

さて,さらば工学部のインタビューシリーズを第10回まで全部紹介してきました.こうやって過去を振り返ってみると,IS研で話題にあがった大学が軒並み取り上げられている.話題にあがっていて,インタビューに出てきていていないのは,北大だけか.なかなか良い視点のインタビューです.

関連:
さらば工学部は対岸の火事ではない - 4403 is written
さらば工学部(7) - 4403 is written

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8月28~29日に室蘭工業大学で開催された,IS105に発表しつつ,参加してきた.北海道への出張は初めてだぜ.というか,筑波大よりも北に出張するのは初めてだぜ.ちなみに,行きは偶然にも元ボスと一緒でした.偶然ってあるもんだなぁ(棒読み).行きの便はでかい飛行機だったので,初めて2階席に乗ってみた.いや,ビジネスじゃないけど・・・.2階席は席数が少ないから,ドリンクサービスがすぐに来るから,ちょっと嬉しいぜ☆

新千歳空港から東室蘭には電車で移動しました.この移動にはSきっぷというすごい切符を使いました.何がすごいって,その割引率.新千歳空港~東室蘭を特急自由席で往復すると,5680円なんです.それがこのSきっぷを使うと,なんとビックリ3260円に収まってしまう.実に4割引!凄いぞ!凄い割引だぞ!ナイスだ北海道!当初は自由席で行く予定だったんですが,元ボスも一緒なので,指定席を取りました.510円.案外安い.そして,スーパー北斗に乗ってみた.

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さっきから電車電車って書いてるけど,実は電車じゃないんです.振子式気動車って言うんだそうです.鉄じゃないので,よくわかりませんけど,パンタグラフがなかったことは理解した.ディーゼルエンジンみたいな音がして,車内は結構うるさかったよorz.