どうやら学位授与が「可」となったようなので,卒業旅行に行ってきた.といっても,同級生で卒業する友達がいないので,小林研のM2チームに混ざってみました.お誘いいただき,ありがとうございますm(__)m
朝6時半に新百合ヶ丘を出発して,環八~練馬IC~藤岡JCT~更埴JCT~上越JCT~小矢部砺波JCT~白川郷ICと移動しました.実に約500kmの移動.高速に乗ってすぐにSAで道路状況を確認したところ,関越道は関越トンネル付近,上信越道は信州中野付近がチェーン規制になっていたのだが,後に寄ったSAで再度確認したところ,上信越道のチェーン規制は解除されていた.ナイス天候だぜ!高速には雪が全くなかったけど,上信越道は雪景色だった.取って代わって,北陸道は雪がない.荒れた日本海を期待していただけに,かなりガッカリ.ドライバは3人で,この日は2人で走りきったぜ.
白川郷までは北陸道から東海北陸道なる高速で,一発どかん.この東海北陸道は白川郷ICで分断されているが,完成すれば飛騨の方に繋がるようだ.ちなみに,この東海北陸道はかなり有用だと思う.雪の峠越えで白川郷は半ベソをかいてしまうと思う.マジで.
これが白川郷の絶景だ.集落の北側にある展望台からの眺め.たぶん,1番よく見かける視点だと思います.時期が3月なだけに,ちょっと雪が少なくて,一面銀世界とはいきませんでしたが,雪深い地域であることを窺わせます.
合掌造りって,こんな感じ.茅葺きでかなり急な角度になっている.ちょうど雪下ろしをしている家があったのだが,雪下ろしをするには急すぎると思うのだが・・・見てる方が怖かったぞ!
これは国重文の和田家の内部です.写真は順番に,2階部分,3階部分,屋根です.かなりしっかり作られていて,大雪でも安心ですね!これは囲炉裏を焚かねば.囲炉裏を焚け!
さて,ここは岐阜県大野郡白川村という正式名称があるわけですが,一部の人々には雛見沢村と呼ばれています.ひぐらし的な意味で.ちなみに,国重文の和田家は園崎家と呼ばれています.ここからはそんな雛見沢村をレポートしたいと思います.
白川八幡神社こと古手神社です.梨花ちゃまの最期で有名な場所.なお,飾られていた絵馬はいわゆるそれ系のものがいっぱいでした.一例をば.
オヤシロさま.手書きのを撮ってくれば良かったかなと,今更後悔.
こちらは白川診療所こと入江診療所.なお,建物の裏の山が展望台があるところです.集落は右後ろ側.
この後,金沢に移動して,1泊.こうして初日は終わるのでした.