個人的には,パワーポイントのようなスライドを講義に利用することに対して,懐疑的である.従来では教員が黒板(ホワイトボード)に書き,それを学生が板書する形式だった.これは何が良いって,ノートを書く時間と話を聞く時間がほぼ明確に分けられる.教員が黒板を書きながら,その書いている内容とは異なることを同時に喋るとは思えない.せいぜい,補足説明をする程度であろう.だが,スライド形式はどうか?最初から書くべき内容は準備されているので,教員はボタンを1つ押すだけである.さて,そうすると,スクリーン上に板書させたい内容が表示される.さぁ,どうなるか?学生はそれをノートに記録しようとする.しかし,教員はそれを書いていないので,実際のところ,板書にどの程度の時間が必要なのかの目安が持てない.
話は逸れるが,懐かしい昔話.黒板をバリバリ使って,モリモリ書く先生がいたらしい.その先生は黒板を左から右まで使って,バリバリ書いていくらしい.右までいったら,左から消して書いていくと.しかも,そのペースがかなり早いらしい.あるとき,学生がこういったらしい.「先生!速すぎます」そうしたら,先生はこう返したらしい.「私はこんなに大きな字を書いていて,君たちはそんな小さな字で書いているのに,速すぎるってことはないだろう」って.まったくだ.
閑話休題.しかも,スライドを表示して,板書の時間をちゃんと取りますっていう先生は気をつけた方が良い.その間は沈黙ですか?そんなはずはないですよね.その沈黙を利用して,豆知識やらトリビアやら脇道トークを展開しますよね?あまつさえ,補足説明をするかもしれません.だーかーらー,ノートを書く時間と話を聞く時間がまぜこぜになってます.これは危険です.学生の意識なんて,その一方にしか向かないと思って間違いないです.そんなに器用じゃないですのだー!ちなみに,この場合,スライドを配付資料として配っていない場合,学生の不満が最高潮かもしれません.「あいつ資料を作ってんだったら,配れってーの!写すなんて二度手間だってーの!」って.無駄に不評を買っているかもしれません.
では配付資料を配ったら,どうなるでしょうか?手元にあることはメモりません.これ絶対.そして,書くのと書かないのでは,記憶というか記録というか,大きな違いがあると思います.手を動かすなり,体を動かすなりして学んだことは,なかなか忘れません.それから,配付資料には全てのスライドを入れないメソッド.配付資料があるだけで,内容が十分かどうかは別にして,満足してしまう人はいます.学生の注意力によっては,できる人とできない人の差が最も開くのではないでしょうか.学ぶ力の差が顕著に表れそうです.
パワポのようなスライドは,教員が黒板を書く手間を大きく減らしました.何度も描かなければならない図でも,パワポならすぐに表示できます.メモって欲しい大事なことも,すぐに表示できます.こうして,教員はさも物語を読み聞かせるかのような速度で,様々な事柄を教えられるようになりました.それはつまり,授業時間内に与えられる情報量を増やす効果を果たしました.しかしどうでしょう.教える側の道具は便利になり,与えられる情報量の上限が大幅に上がりました.対して,教えられる側,つまり学生はどうなったでしょうか?授業時間内に学び取れる情報量が増えたのでしょうか?私は増えていないと思います.教える側はPCやスライドを使い,便利に教えていきますが,学ぶ側は相変わらず紙とペンという旧世代的な道具を利用しています.ここに情報量の提供と吸収に差が生じてきているのではないでしょうか.では,学生もPCを使うようになれば宜しいでしょうか.いいえ違います.人間そのものの能力は数十年前に比べても,大きく変わっているとは思えません.学習方法が変わったことで,流通する情報量は圧倒的に向上したかもしれませんが,人間が吸収できる情報量はそれほどに変わっていないので,ほとんどは水泡に帰しているのではないでしょうか.
結局のところ,PCやWebなどの外部記憶をより効率よく利用できるようなったのが今である.例えば,Google検索だろう.となれば,学習は外部記憶の探し方と情報と情報の結合にだけ重点が置かれていれば宜しいのでしょうか.講義のIT化はそこに結びつきそうな気がしてなりません.忘れてはならないのは,IT化が進み,e-learningが全盛になっていこうとも,学んでいるのは人間であることを忘れてはならない.ITの急速な発展に比べ,人間の基礎能力の向上は追いついてはいません.
そんな理由があって,授業にパワポを使うのは極力避けるようになりました.持って行っても,所詮は自分の講義用ガイドラインのためです.学生向けに使うことはありません.いや,配付資料をパワポで作ることはあるけど・・・.うそうそ,LaTeXですよ(そこは大事なところじゃない).
まとめ:
既にご存じだと思いますが,講義のIT化には懐疑的です.e-learningにも懐疑的です.講義のIT化の良いところは,情報量が爆発的に増える点,いつでもどこでも好きな時に学べる(e-learning)点,学ぶ意志があれば,いくらだって勉強ができる点だと思います.対して弊害は,人間がその情報量の吸収についていけてない点,いつでもどこでもという安心感が意欲を下向きにすることが多い点,多くの学生は勉強がしたくて講義を受けているわけではないという意識の差があると思います.
ゆとり世代がゆとっちゃってるのは,教員の教え方がIT化したからだっていうオチはないんでしょうか.気になります.